メンバー:奥本(単独行)
天 気:快晴
活動時間:5時間15分
休憩2時間
計7時間15分
活動距離:17km
標高差 :1354m
行 程:8:44中央高原駅→8:45ドッコ沼→9:20五郎岳(休憩10分)→11:20蔵王山頂(熊野岳)(休憩20分)→12:10刈田岳(昼食50分)→16:00上の台駅
前略
蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ.リフトの中で、まさかあなたと再開するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。私は驚きのあまり、ドッコ沼の降り口にたどり着くまでの二十分間、言葉を忘れてしまったような状態になったくらいでございます。
あなたに、こうしたお手紙を差し上げるなんて、思い返してみれば、それこそ十二、三年振りのことになりましょうか。もう二度と、あなたとはお目にかかることはないと思っておリましたのに...
宮本輝著「錦繍」は、ある事件を契機に別れた男女が、書簡のやりとりの中で事実が明らかにされることで空虚だったそれぞれの時間が穴埋めされる。往復書簡を縦の糸と横の糸になぞらえ、一枚の錦繡が出来上がったその時、それぞれが強くたくましくそれぞれの道を歩き出している、そういう男女の再生を描いた小説だ。
学生時代に何度も読み返し考察したことが懐かしい。元のさやに戻るのではなく、それぞれが別の道を歩き出すエンディングに学生時代の自分は複雑な思いを馳せたものだ。
今年、GW中の月山への山行が中止になったときに地図を見ていてふと目に留まった蔵王。「前略........」のくだりが脳裏をかすめ...。
ゴンドラには他に客はいない。時のはざまに迷い込んだのではないかと錯覚してしまうほど閑散としている。雪のないスキー場を見ながら徐々に冒頭の小説のシーンに入り込む。ドッコ沼のほとりに着いたのは9時頃。朝5時に結城を出発したときは小雨が降っていたが、蔵王は夏の青空だ。小森の木々を写してなのか噴火の影響でそうなっているのか、湖面はグリーンに輝く。小さな沼に近づく人影はない。静かな湖面に喧しい蝉の鳴き声が吸い込まれる。ヤブ蚊が鬱陶しい。しばらくベンチに座って浸る。よりによってなぜ彼女は蔵王のマイナーなドッコ沼を選んだのか。関西の人が来るようなところではないのに。
7時間後に山を降りたとき、私には一つの結論があった。作者の意図がわかった。宮本輝の作品には往々にしてある手法だ。今の自分にはそれが見えてしまった。そうだとしても、ここに来られてよかった。
リフトを右手にロッジを左手に見つつ五郎岳に向かう。人影一つないが登山道はしっかりしている。五郎岳の山頂から真正面に地蔵山がそびえる。いつものことだが一回降りてまたこれを登るのだ。事実は淡々と受け止める。決してつらそうだ、とか滅入るなどとは考えないようにする。
その地蔵山までの道すがら、うつぼ沼にさしかかったその時、突如右手の笹薮が激しく動く。私の足音に驚いた何かが振り返るような動きをしたように感じた。1mくらいの小動物ではないか。逃げるわけでもなく自分のペースをキープしてその場を離れる。
蔵王山頂駅(地蔵山)までの上りはなかなかしんどかった。樹氷原の間を通りながら冬にはここにまた来るのかななどと考える。山頂駅で初めて人と合う。ホッとする。一休みした後、写真を撮ってくれた初老の4人と言葉をかわす。「どこから来たの」、住まいのことか登山口のことかどちらかわからなかったが咄嗟に「結城です」と発していた。たまたまだがその4人も茨城県から来た人だった。現役の時、県庁で土地区画関係で結城に何度も来たことがあるらしい。彼らとは逆の道だったため、復路にもお会いした。
地蔵山頂から熊野岳山頂を経由してお釜へ。この辺から股関節痛がひどくなる。そして最終目的地である刈田嶺神社へ。御朱印をいただいた後は昼食をとってまた来た道を引き返す。もう痛くて泣きそうだ。ストックを出す。予定通り祓川コースを辿り下山した。
【番外編】
蔵王温泉は酸性の硫黄泉。私好みの乳白色。乳頭温泉のように白濁とはしていないが、程よい硫黄泉には好感が持てる。共同浴場にも入ったが入浴客はいない。硫黄香る街はコロナの自粛なのかゴーストタウンのようだった。せっかく地元の食材と山形の酒を楽しみにしていたのに、お目当ての日本酒のお店も閉まっていた。疲れもありビールを飲んでさっさと寝床へ。
翌日予定していた屏風岳、不忘山への尾根歩き(南蔵王縦走コース)は諦めた。股関節痛がひどく寝れなかったのだ。登山はやめてここ10年来行きたかった山寺立石寺に行った。1000段の石段で有名な立石寺だったが、大したことはなかった。霧降高原の階段が1440段だからその3分の2ほどしかない。15分ほどで登りきった。山頂では御朱印をいただく。景色は素晴らしい。里山の遠景と線路を見ていたら、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」が脳内でこだまする。
秋田駅から車で15分程のところにある「もとさかや酒店」は、本当に元酒屋で店主が途絶えたあと復活した酒屋だそうだ。この店を知ったのはつい1週間前だ。山行の番外編ネタで地酒を買う為に探していた。山形市内の酒屋はどこも品ぞろえが良いが、ここは別格だ。地元山形の秀鳳酒造場が全国で5店舗にしか卸していない特別なお酒「珠韻」はここにあった。それだけでも心躍るのに、これまたお気に入りの「AKABU」がある。この酒に出会ったのは5年前。御茶ノ水から東大前駅まで歩いていて見つけた小料理屋にそれはあった。旨かった。更には陸奥八仙、栄光富士、鍋島のラインナップが素晴らしい。それもいいが、IchirosMaltまであり、欲しかったが今回は日本酒だけでも3升半も買ってしまったので断念した。